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01300社会科学 アーカイブ

2010年8月30日

7割は課長にさえなれません / 城繁幸

★★★★☆
雇用の流動化に賛成だが、その前にやることがあるのでは?

1999年。就職活動に失敗した小生は、1年間の警備会社でのアルバイトの末、やっとの思いでヒーターを扱う小さな会社に入社した。
本当にやりたかったことは別にあったが、新卒ではなくなったという理由だけで選考の対象にすらなれず、かと言って、一般の求人では即戦力を求められるケースが多かったため、これもまた選考の対象にならなかったのだ。
あれから10年以上の月日が流れたにもかかわらず、いまだに新卒中心の採用を続けているが故に、結果的に就職活動に失敗した大学生が新卒枠で就職するため、あえて留年するといったバカなことが未だに起きているのが情けない。

正社員を解雇しやすくするためのルールを作る代わりに、年功序列と年齢給を廃し、その人の能力、業務内容で給料を決定することにより、卒業から時間が経過した元学生の就職や、中高年にも転職できる道を開くという考え方には賛成だが、それには十分な求人数があることが前提となる。イス取りゲームのイスが少なくなってしまっては、単に失業者が増えてしまうだけだろう。リーマンショックのあと、ニュース番組の特集等で『派遣切り』に遭った人たちが老人ホームでの介護の職に就いたり、農業法人で野菜作りを始めた人を取り上げていたが、これらの人たちは、失業率を下げることには寄与しているだろうが、その労働に見合った給料を貰っているのだろうか。もしかしたら、高い付加価値を生み、他国がなかなか真似出来ない新しい産業(できれば複数が望ましい)を育てないと、将来は厳しいものになってしまうかもしれない。

2010年6月 7日

「文系・大卒・30歳以上」がクビになる 大失業時代を生き抜く発想法 / 深田和範

★★★☆☆
現状はその通り。しかし…

本当に必要な仕事をしていないホワイトカラーが増えたから、日本の労働者の生産性が低いという筆者の主張は理解できる。
本来であれば、ごく少数で十分なはずのホワイトカラーの就業者数が増え、自らがホワイトカラーであり続けるために、直接利益を持たない『仕事のための仕事』を作り、忙しさをアピールしている部分もあるだろう。
これはあくまで私見だが、そもそもホワイトカラーの数が多いのは、簡単に言ってしまえば、ブルーカラーと比べ肉体的なダメージが少ない上に、高給を取ることが出来るからだ。
それに、世間が『誰にでも出来るような仕事』に高いカネを出さなくなってしまった今、高卒でも出来るような仕事を、 大卒の自分がわざわざする必要が無いという意識もあるのではなかろうか。
また、自分の人生が、所謂『派遣切り』に遭った派遣労働者よろしく、ほんの少数のデシジョンメーカーによって翻弄され、 モノみたいに扱われるくらいなら、何が何でも、デシジョンメーカーの側につきたいと思うのが本心だろう。

筆者は、介護職等、社会的に需要が大きい職種へシフトすることにより、余剰ホワイトカラーの労働力を吸収させるべきという意見を展開させており、また、ホワイトカラーの賃金が下がり、介護職等の賃金が上昇するだろうとしているが、仮にいずれそうなるにしても、真っ先に『人柱』になろうとする人がいるのかどうかは疑問。
しかし、リストラされてからあたふたするのではなく、今のうちから自分が本当にやりたいことが何かを考え、少しずつ行動に移すべきという意見には同意。

2009年4月 6日

独裁者になる方法 / André de Guillaume・夢をかなえる!世界制覇研究会(訳)

★★★☆☆
内容をどう解釈するか?どう役に立てるか?

歴史上の独裁者の行動・エピソードから、実際に独裁者になるにはどうすれば良いかを『指南』している本。
ここで言う『独裁者』とは、必ずしも国家における独裁者ではなく、会社組織や特定の業界、宗教法人のトップのことも含まれているものの、あくまで歴史上の独裁者の行動・エピソードをなぞった内容であるため、これがビジネス上で役立つかどうかは、この本の内容をどう解釈するかによると思われる。そう言う意味では分かり辛い本ではあるが、どうやってライバルを消すか?或いは、誰を味方に引き入れるかといった見極めには役立つかも知れない。
また、何故、会社組織の中で『独裁者』だった事故米や牛肉偽装の社長たちがコンプライアンスを無視してまで自らの立場を守ろうとしているのかが、これを読むことによって、少しだけ分かったような気がした。

2008年4月16日

格差社会の世渡り 努力が報われる人、報われない人 / 中野雅至

★★★★★
努力のベクトル

自分のまわりには、国民年金すら払うことが出来ない日給\7~8,000の日雇い派遣で働く人や、社会的に必要な職業なのに、いつまで経っても手取り十数万で、結婚どころか自分の生活もカツカツな介護ヘルパーや保育士がいる一方で、大して汗を掻いていそうにないのに年収数千万円以上稼ぐ人たちがいる(いた)。

筆者は、日本人は一部の例外を除いて、基本的にはしっかり働く民族であり、両者の間に努力の差はあまり無いとしている。ワーキングプアやニートになってしまった人、子供の頃から頑張って一流大学を入学・卒業したにもかかわらず、見合ったリターンを得られていない人も、決して自ら望んでこのような生活になったのではなく、その努力が報われないままモチベーションが低下し、今に至っている旨を説いている。

筆者によれば、その両者の違いは『努力の方法の違い』『「見た目が十割」であることをフルに活用した自分自身を売り込む能力』であると言い、魑魅魍魎が跳梁跋扈する世の中を生き抜くヒントを自らの体験を交えて説いている。 詳細は本書を読んで貰いたいのだが、『無駄な努力にリソースを費やさない』『努力が継続できそうな自分の好きな事をする』『潮目を見て行動に移す実行力』がカギであり、その内容には大きく頷けるものがあった。

また、100%ではないにせよここ20年…いや、10年で、もはや『謙虚は美徳』という日本人独特の価値観はかなり薄くなってしまったと感じているのは私だけではないはず。それに気付くことが出来ない限り、努力が報われるのは難しいのかも知れない。

2007年10月16日

グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 / ニコラス・P・サリバン 東方雅美 渡部典子(訳)




★★★★★
本当の意味の「援助」とは?

昔、エジプトに行った時に現地の子どもに「1ポンドプリーズ」と声を掛けられた時、どうすれば良いか分からず、ガン無視してしまった事があった。

それに対する一つの答えが、低額の融資を行ない、貧困脱出の足がかりをつかませるグラミン銀行のマイクロローンであり、バングラディシュではインフラ不足であるが故、手に入りづらかった電話を時間貸し携帯電話という形で身近なものにし、多くの人々の「一日仕事」を「ほんの数分の労力」に変え、経済的に自立した女性の時間貸し電話屋を生んだ「グラミンフォン」である。

このモデルは、孟子の言葉を借りれば「魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える」ということそのものであり、破綻寸前の藩の財政を立て直すべく、養蚕・織物・製陶と新しい産業を興した米沢藩主上杉鷹山や、明治時代に長崎・外海(そとめ)で技術屋でもあったマルク・マリー・ド・ロ神父があらゆる技術を地元に伝えた事にも通じるものがあるかと。

また、同じような事を自分に応用させることが出来る。

例えば、自炊やアイロンがけを自分で行なう事が出来るのは素晴らしい事だが、一方で本来やりたかった事に時間を費やせず、実現させたい事が先延ばしになっていた。

それを避けるためには外食をし、シャツをクリーニングに出すことにより、自分のリソースを自分のために費やす事が出来るようにした。こう考えると、外食やクリーニングは決して贅沢なものではなく、経済的な選択である事が分かるだろう。バングラディシュの人にとっても携帯電話は決して贅沢なものでは無いのだ。

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