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2012年5月21日

あなたの町の都市伝鬼 / 聴猫芝居

★★★★★
民俗学コメディあらわる?

民俗学者を目指し、都市伝説の編纂をすることとなった高校生の主人公・八坂出雲のもとに、自分の記録を残してもらうべく、都市伝鬼と名乗る妙齢の女性たちが続々あらわれて......というのが大まかなあらすじ。
これはあくまで推測ですが、ムラサキカガミのサキが自分たちのことを都市伝説ではなく、都市伝鬼と訂正させたのは、おそらく一般的な都市伝説として噂話やバラエティ番組などで吹聴されている『M資金』『東京メトロ核シェルター説』『Wingdings』などといった、強烈なキャラクターが出てこない種類の都市伝説と一線を画すためなのでしょうか。

とにかく本作は突っ込みどころが多くて......と言うより、むしろ読者に突っ込ませることが目的なのでは? と思ってしまうほどで、読み進めながらも作者の『策略』に引っかかってしまいました。また、本作はコンセプトのレベルで柳田國男『遠野物語』の影響を受けているようなので、念のため言っておきますが、民俗学は都市伝説や妖怪についてのみを扱っているものではなく、人々の生活や風習、習慣、行動を体系化するものですからね。ご存知かとは思いますが。

もし続編が作られ、本が完成しつつある状態まで話が進展したら、都市伝鬼にまつわる情報源の提供者はどう表記するのだろう?というのが気になるところ。 まさか『本人から直接ヒアリングしました』とするのか? 落としどころをどう持っていくかは楽しみだったりします。

2012年5月17日

エスケヱプ・スピヰド / 九岡望

★★★★★
The beginning of the end of the world

戦争により荒廃した、それも20世紀初頭から実際の歴史と分岐したことを連想させるモダン・クラシック的要素を含有する、近未来の日本のパラレル・ワールド(作中では極東の島国《八洲(やしま)》と称される)という世界観は一瞬だけ映画『マッドマックス』シリーズや『未来少年コナン』などといった、『世界の終末後の世界でたくましく生きる人々』を連想させるが、蜂こと九曜と蜻蛉こと竜胆との微妙な関係、九曜と叶葉との邂逅、とりわけ、戦う以外に目的が無かった九曜から生まれた、『機械』らしからぬ己のアイデンティティに関する考察等々を巧く描いています。
具体的には、人は様々な矛盾を抱えながらも、それを様々な形で処理したり、抱え続けてもひとまず生きていくことはできますが、その一方で、あらかじめプログラミングされた指示の集合体である機械には、エラーメッセージを出すくらいしかできないでしょうが(最たる例として、新しい命の誕生には歓びを覚えるのに、「それに至る行為」については正視しようとしなかったり、ツンデレ少女の「別にアンタのことが好きでこんなことしてあげているんじゃないんだからね」という台詞と実際の行為が挙げられるだろう)、九曜・蜂と竜胆・蜻蛉といったサイボーグ(作中では『鬼虫』と称される)という、最強の兵器を作らんと人間と機械の「いいとこどり」を狙った結果、同時に、残された人としての感情と、機械として敵と戦うという目的が果たされてしまったら、機械としてのアイデンティティはどうなるのか? なぜ捨てたはずの人としての感情が残っているのか? というジレンマを自然な形で表現しています。

一方で、蜻蛉こと竜胆が戦争終結後、戦う意味を見出すため、結果的に廃墟都市『尽天』の孤立化を招いたようすが描かれていますが、人間には手を出さないものの、自らを攻撃するものすべてを敵とみなしただけであれば、なぜ『尽天』の孤立化までして人々を困らせる必要があったのか?が不可解だったのが唯一残念だったところ。

しかしながら、蜂こと九曜と蜻蛉こと竜胆との度重なる戦いのシーンにおいて、その描写が自身の脳内に絵として浮かび上がってきたので、文章のクオリティは非常に高いと思われます。

文章のクオリティの高さに別の方向から焦点を当てれば、元整備兵で、戦争時の『鬼虫』を知る生き字引的な存在である安藤という老人を登場させ、彼にさりげなく蜂と蜻蛉の『二匹』のディテールについて解説させることにより、読者に自然と『鬼虫』の概要についての知識を植え付けたのはさすがです。

2012年5月 9日

アクセル・ワールド 8 運命の連星 / 川原礫

★★★★★
目的の目的の目的

ISSに侵されかけたシアン・パイルを守り、クロム・ディザスター(災禍の鎧)をシルバー・クロウから除去する能力を持つアーダー・メイデンとシルバー・クロウ自身の「帝城」からの脱出を試みるという、『目的の目的(あるいは目的の目的の目的)』が描かれているため、小生のような残念な子はリファレンスとして手元に既刊分を常備するか、某Wikiの力を借りて芋づる式に記憶をたどる必要がでてきました。

心意(インカーネイト;incarnate)システムの第二段階のくだりで頭をよぎったのは、これは色々なところで例えられていることですが、ミツバチの羽は、空を飛ぶのに十分な面積と構造を持っていないという豆知識。しかしながらその衝撃的な事実をを知らないミツバチは空を飛ぶことができている。つまりはミツバチは己の限界を知らず、ある意味においては現実世界で心意(インカーネイト;incarnate)システムを発動しているとも言えます。
バスケットボールで限界を超えようとしたハルユキを描くことにより現実世界においても意識を変え、行動すれば、作中世界におけるデタラメな強さではないにせよ、限界を超えることはできるよという作者のメッセージはしかと伝わりました。無謀は禁物ですが、少しくらいの無茶はしないと可能性は広がりませんからね。

2012年5月 1日

アクセル・ワールド 7 災禍の鎧 / 川原礫

★★★★★
故意的なミスリードと数多のフラグ

前巻の終わりから本巻冒頭への繋げ方と、読者に対するミスリードのしかたがうまい。 本巻の序盤では、なぜクロム・ディザスター(災禍の鎧)が生まれたのかが明らかになりますが、それがハルユキの夢としてプレイバックされたものなのか、読者にのみ与えられた情報なのかがあいまいなまま、少し悲しい話が展開されています。

シルバー・クロウとアーダー・メイデンが思いもがけず潜り込むことができた『帝城』についてや、トリリード・テトラオキサイドとの邂逅、帝城を含む東京のランドマークに鎮座していた、北斗七星をモチーフとしている『七の神器(セブン・アークス)』、ISSの真相を追い、逆に危機に陥ったタクムとの交戦にすべての情報が盛り込まれておらず、それぞれについて複数のフラグが立ったまま第8巻に続くため、第3巻と第4巻と同様、第8巻を用意の上、一気に読み進めることをおすすめします。

もしかしたら作者は、ハルユキ自身が、初期ほどではないにせよ、自身を卑下し続けている一方で、タクムが、常に前に進もうとするハルユキの姿勢を羨ましがったり、ある意味において『似た者同士』である黒雪姫がハルユキに好意を持ち続けていることをコンスタントに描くことにより、自分のことは自分でも分からない部分があり、自分のことをあまり悲観するものではないよと言うメッセージを含めているのでしょうか。ハルユキの性格は、よく言えば謙虚でストイックという捉え方もできますし。一方で、自分にもそんな部分があるのでは? と思うのは自身の奢りでしょうか。

だからさぁ、お前ら人前でいちゃいちゃできるなら、リアルでチューしちゃいなよ。

2012年4月27日

アクセル・ワールド 6 浄化の神子 / 川原礫

★★★★★
ディスりディスられ

前巻『星影の浮き橋』で、GMイベントを妨害した『加速研究会』への対応と、ハルユキことシルバー・クロウの身体を支配しかけ、すんでのところで振り切ったものの、今なおシルバー・クロウの背中で『寄生』し続けている災禍の鎧(The Disaster)を除去するために四埜宮謡と邂逅し、除去する手筈を整えるために超級エネミーから一時間ごとに殺されるために事実上無制限中立フィールドに入ることができない謡ことアーダー・メイデンを救い出そうとする一方、バーストリンカーなら誰でも簡単に心意(インカーネイト;incarnate)システムが発動できてしまう、ゲームバランスの崩壊を招きかねないISSキットが拡散しつつあり......のが今回のおはなし。
物語の本筋もさることながら、七王会議により、事実上の『緩衝地帯』であるところの千代田区、皇居東御苑本丸跡に7人の王とその側近が終結し、ディスり合う姿は、比較的シリアスなシーンであるにもかかわらず、まるでWWEのそれか、映画『8 Mile』のMCバトルを髣髴とさせるシニカルな可笑しさの描写が素晴らしいと感じました。

あと、ストーリーの本筋とは関係ありませんが、アルファロメオのEVが発売されるのはいつのことでしょうかねぇ。

2012年4月25日

アクセル・ワールド 5 星影の浮き橋 / 川原礫

★★★★★
Let's stay together (脳内BGM)

対戦フィールドが熱圏と低軌道を周回する宇宙ステーションを結ぶ軌道エレベーター『ヘルメス・コード』へ拡張されたのを記念して開催されたGMイベントへの参加とその顛末が今回のおはなし。
おそらく、大多数の読者は「Youたち、いい加減チューしちゃいなよ」という感想を抱くことでしょう。 つまりは女性が独りで男性の家へ丸腰で訪れることの意味を、実年齢と精神年齢が乖離している、つまりは中学三年生にして心の中は少女ではなく大人の女性である黒雪姫ことサッちゃんが知らないはずも無いことは容易に想像できる一方、乖離があまり進んでいない、すなわち彼女と比べてまだ幼いハルユキにはそこまでの結論に至らず、その場ではあたふたすることしかできないようすがうまく描かれています。中高生の頃なんか、女の子の髪から漂うシャンプーの香りだけで何杯もメシが食えましたからね。
もっとも、ここで簡単にくっついちゃったら、今後のストーリーに影響を及ぼすことは目に見えていますから、二人のリアル上でのリレーションシップについては今後何かの形でゆっくり進んでいくものと思われます。

これだけですと、劣等感の塊で、自分を卑下しがちなハルユキに、彼が仲間のために涙する優しい性格であることを差し引いても、そんなラッキースケベなシチュエーションは発生し得るのか? という読者の疑問に対し、ハルユキ、黒雪姫、フーコことスカイ・レイカーとの会話の中で、なぜ黒雪姫がハルユキに惹かれたのか、ある程度納得のいく答えが提示されています。もちろんそれがすべてではなく、本巻で言及されていること以外の理由もあるのでしょうけど。

2012年4月23日

アクセル・ワールド 4 蒼空への飛翔 / 川原礫

★★★★★
引っ張り方がうまいなぁ......

第3巻からの、いわば『ダスク・テイカー編』の後編に相当する本作。第3巻のレビューで多くのレビュアーさんたちが第3巻と第4巻の2冊を用意したうえで一気に読むようアドヴァイスをしたことに繋がる話ですが、作者あとがきでも言及されているように、読み進めていくうちに、本の残りの厚さで、そろそろまとめに入るであろうという読者の推測を裏切りたかったという作者の意図にまんまと引っかかってしまいました。

肝心のストーリーですが、ブラック・ロータス不在の中、逆転を狙うべくリアルとヴァーチャルを奔走し、念入りに準備をするシルバー・クロウとシアン・パイルそして、チユリはハルユキとタクムを裏切ったのか? それともダスク・テイカーこと能美に脅されていたのか? を最後の最後まで引っ張り続けることができていることに、筆者のストーリー作りに対するクオリティの高さに感服せざるを得ません。

本レビュー掲載時点(2012年4月)に、TVアニメーションがスタートしましたが、オープニングに一瞬だけ第4巻初登場の、マッチングリスト遮断の謎をシルバー・クロウ=ハルユキとともに追ったブラッド・レパードの姿があるので、少なくともアニメーションでもこの部分も描かれるのでしょうし、どう描かれるのか楽しみです。

2012年4月19日

アクセル・ワールド 3 夕闇の略奪者 / 川原礫

★★★★★
とりあえずはすべてを受け入れましょう

他のレビュアーさんたちのアドヴァイスに基づき、第3巻と第4巻を用意の上で読み始めることに。確かにそれは正解だったようです。

能美がハルユキたちに対して行なう、弱みを握り、嵌め、脅し、奪うという仕打ちは、通常12、3歳のガキができるような芸当ではないことから、黒雪姫やニコ(スカーレット・レイン)同様、実年齢と精神年齢が乖離していることが窺い知れます。
第2巻で初登場し、第3巻での主たる舞台の一つである無制限中立フィールドに『精神と時の部屋』の、旧東京タワーに『カリン塔』の存在が一瞬頭をよぎったものの、それは勧善懲悪ものの時代劇が水戸黄門と......と言うことと同じぐらいの愚問なのであれこれ言うつもりはありません。
また、心意(インカーネイト;incarnate)システムという、従来のプログラムの概念を超えた、VR空間上でも『気合と根性があれば何でもできる』というご都合主義的なモノの登場に、多くのレビュアーさんは否定的な意見を持っているようですが、そもそもフィクションというものはご都合主義の塊であり、突き詰めてしまえば、読み手がブレイン・バースト上の時間軸と実際の時間軸の相違は受け入れておきながら、心意(インカーネイト)システムを受け入れないのは、読み手の中で矛盾が発生するということになってしまいます。
その中でいかにして、あたかもそれが存在しているかのようにリアリティ感を出しながら描くかというのが作家の腕の見せ所ではありますが、そのような意見が出るのもある程度は仕方のないことだと思います。もっとも、作品と言うものは作家の手を離れたら、受け手が本作をどう感じるかと言うところに干渉することは不可能なので(まさか著者がバーストリンクしてブリキロボットのアバターに変身し、読者の首根っこを掴んで「本当の意図はこうなんじゃゴルァ!」と言うわけにもいきませんしね)。もっとも、個人的にはこの内容をアクセプトしますけど。

別の言い方をすれば、頼れる存在の不在、強い敵の登場と敗北、レベルアップのための鍛錬、(読み手にとってはある程度想定内ではあるが)作品世界におけるキャラクターの想定外の行動といった、いわゆる王道パターンではあるものの、十分違ったストーリーとフォーマットで見せてくれているので、個人的には特に問題はないと思っています。絶妙なところで次回に繋げましたしね。

2012年4月18日

アクセル・ワールド 2 紅の暴風姫 / 川原礫

★★★★★
黒雪姫先輩の『弱さ』について

(少なくともハルユキはら見たら)完全無欠に見える黒雪姫先輩の、その時は仲間でも、いずれ敵として対峙しなければならないというブレイン・バーストの宿命に心が折れそうになるという彼女自身の『弱さ』を露呈させ、それでも前に進んでいくという鼓舞にも近い決意までの流れを自然かつ巧みに描写しきっています。

本を読むとき、畏れ多くも『もし自分が著者ならどのようなストーリーにするか?』みたいなことを考えながら読み進めていくことが多いのですが、本作にはそれを全く感じず、一行、一語が自身の想像を上回っていることにただただ驚きを禁じえません。

また、これは第1巻と共通していますが、『ブレイン・バースト』の真実にたどり着くという大きな目的と、スカーレット・レインと手を組み、5代目クロム・ディザスターを討伐するという目の前のタスクをうまく並行させています。(第1巻では黒雪姫によるハルユキのスカウトと、同じ学校のもう一人のバーストリンカーを探し出すことが目的でしたね)

ヤバいです。青梅街道を走るたび、西武池袋線で練馬・桜台あたりから池袋方面に向かうたび、アイツがいるんじゃないかと錯誤してしまいそうです。一体どうしてくれよう。

2012年4月15日

アクセル・ワールド 1 黒雪姫の帰還 / 川原礫

★★★★★
丁寧そして劣等感の表現が豊か

アニメーションの第1話と第2話を観て、漫画でなはく、小説という一次元的なメディアでこれをどうやって表現しているのだろう? という興味から、近所の書店で購入し、読んでみることに。
ファーストインプレッションとしては、文章が緻密かつ丁寧。しかもこれだけ複雑な話であるにもかかわらず、内容に一切のブレがなく、自身にブレイン?バーストのレギュレーションが自然に入ってくる。埼玉の某饅頭のCMではないが、思わず『巧い。巧すぎる』と唸ってしまった。何より凄いのは、なかなか言葉に消化することができず、『諦め』の一言で片付けてしまいがちな、十代の少年が抱くありとあらゆる劣等感そして邪推の数々を、色とりどりの言葉で描写しているところでしょうか。また執筆の際、作者はハルユキを劣等感の塊のような存在と定義させることにより、実際の読者が意識的に、あるいは潜在的に抱いている劣等感とリンクさせ、本作の表現を借りれば、ハルユキそのものを読者のアバターとして同期させるよう、緻密なストラテジーを練った様子が窺われ、まんまと作者の術中にハマってしまいました。

2012年1月27日

僕は友達が少ない 1 / 平坂読

★★★★☆
「いない」のではなく「少ない」のだな

小生が初めて手に取ったライトノベル。
ひとつ前に読んだのが武者小路実篤『友情』(新潮文庫版)だったこともあり、やたら括弧を使った一人称の説明が多少気になったものの、一気に読み進めることができました。
大人になってしまうと、ある程度コミュニケーションに関する耐性がついてきて、友達が少ないことに別にコンプレックスやそれに類するものを抱かぬようにはなってくるが、特に中高においてはハリボテな友人関係だとしても、表面を取り繕うことのほうが大事だったりするという現実を、本作はしっかりと昇華させている。 また、アニメーション化されていない演劇のエピソードでふと思ったのだが、夜空と星奈の掛け合いや行動が、アダムス・ファミリー2において、サマーキャンプに厄介払いされたウェンズデーとパグズリーが一日中ディズニー映画のビデオを見せられる『拷問』を受けたり、ネイティヴ・アメリカンに扮してキャンプを急襲するくだりを彷彿とさせる。

本作の対象者は高校時代、朝学校に来て夕方に下校するまで、一言も発したことがない状態が一週間続いた人向けですな。
あ、これは本作で描かれているエピソードではありません。 小生の実話ですけど何か問題でも?

2010年1月29日

走れ!ビスコ / 中場利一

★★★★★
エピソードの入れ方が巧みかつポップ

実際の企業は、本編のようにいち新入社員にいきなり多くを抱え込ませたりはしないだろうが、読んでいくにつれて、自分は何をしに会社に行っているのか?そして何をすべきか(或いは何をしなければならないのか)を改めて考えさせられる。

舞台となっている主人公が働く大阪の製菓会社は、パワハラまがい、不倫、ワンマン、お嬢様社員の我儘といった、一癖も二癖もある人たちの集まりで、同族企業におけるあるあるネタ(例:トップさえ説得すればトップダウンで迅速に物事が進む。その一方で経営者の暴走を社員が止められず、社員が尻拭いをする)や、ダメ社員に振り回されて翻弄されるなど、ジェットコースターの如く話が展開されていく。

ストーリーのアップダウンの落差が、読み応えに比例するのだとしたら、そのねじ込み方が良い意味で巧みだなぁと感じました。面白い小説の基準の一つとして、『一気に読めるかどうか』というものがあると思うので。

2009年8月27日

恋文の技術 / 森見登美彦

★★★★★
往復書簡の片道分

修士課程の研究のため、京都から能登半島に飛ばされた大学院生・守田一郎(チェリーボーイ)が、京都でかかわって来た人たちと、研究以外の愉しみと、寂しさを紛らわす手段として往復書簡を交わすという体で物語が進んでいく。
手紙を通じて、自分の好きな人に恋文が書けない、書けてもとんでもないものができてしまうくだりは、ウブでチェリーボーイだったあの頃の自分とオーバーラップしてしまう。
それでいて、大学院の修士課程という立場にありながら、主人公・守田と友人の小松崎は完全に『中二病』を患っているが、男と言うのはいつまで経っても、表に出す出さないは別として、つくづく女性に呆れられるライフスタイルを実践する生き物なんだろうなぁと改めて感じた。
また、昔、みうらじゅん氏が「童貞である期間が長い人ほど、クリエイティヴかつ知的な職業に就く割合が大きい」と言っていたことを思い出す。童貞を患っている主人公が文通に昇華し続ける理由は、きっとこのあたりにあるのかも知れない。

これを言ってしまえば元も子もないが、主人公の妹が言うように、結局のところは自分の想いを伝えるには、一対一で直接会ってお話した方がよろしいかと。
素朴な疑問として思ったのは、新人作家や文学賞応募作品で使うのは薦められていない、作者本人が登場するというくだりが許されたのは、それなりの作家であると世間に認められたということなのだろうか?

2009年4月13日

小説・秒速5センチメートル / 新海誠

★★★★★
アニメーション版の補足に

まず、 相手のことが好きで好きで仕方がないにも関わらず、うっすらと、この人とは一緒になれないと感じた瞬間の切なさや、その一方でそれを認めたくないという想い。時として酷な結果を突き付ける時間や運命の描き方が秀逸で、読後は切なさで胸が締め付けられるような感覚に陥った。

小説版においては、アニメーション版ではあまり触れられていなかった、中学生になった遠野貴樹が篠原明里に会いに栃木に向かう際、埼京線の中での、長野から東京に引っ越して来た時の思い出とのオーバーラップや、澄田花苗と姉とのやり取り。大学進学のために再度上京した遠野貴樹が東京でどう生きてきたかなどといったバックグラウンドやディテールが描写されており、アニメーション版と小説版とで相互補完されている仕組みになっている。

また、自分自身の勝手な想いであることは百も承知だが、自身の遠い学生時代に、好きだった女の子とは片想いのまま終わり、この物語のように仲むつまじく様々な思い出を共有したことは無かったけど、街で学生服姿の男女のカップルを見るたびに、これから先、いかなる結果を迎えようと、彼等にとってこの瞬間が一生の宝物になるよう願わずにはいられなくなりました。

2009年4月 8日

1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター / 五十嵐貴久

★★★★★
1995年のバタフライエフェクト

『人並み』に大学を出て、就職して、結婚して、寿退社して、子供を産み育ててきた、所謂『普通の主婦』が、半分事故に遭ったかのように、破天荒な女友達に巻き込まれる形でバンドをすることになってしまう顛末を描いたお話。
1995年の2/3は日本の外にいたので、1995年の日本をリアルに感じていた訳ではないが、今は昔、旧小室ファミリーがミリオンセラーを連発していたことや、『芸能人は歯が命』のCMが流行していたこと、そして、あの当時はようやく女性が寿退社して普通の主婦になる以外の生き方が世間に浸透し始めていたこと。逆に言えば、絶対的に正しいと信じて疑わなかったものが大きな音をたてて崩れ、今まで以上に誰かに自らの運命を委ねるのではなく、自分の道は自分で切り開かなければ生きていけなくなったことは少なくとも理解していた。そして、その波がバンド活動という形で主人公に覆いかぶさって来て、慌てふためく一方で、自分自身の潜在的な気持ちに気付いていく過程がうまく描かれている。

そう言えば、本文では触れられてはいないが、作者が『Smoke on the water』を選んだのは、日本語直訳ロックの『王様』が、ディープパープルの歌詞を直訳して歌った『深紫伝説』がポテンヒットしたのが1995年であることに何か関係があったのだろうか。

2009年4月 6日

アイスクリン強し / 畠中恵

★★★★☆
新しい世界。新しい菓子。

自分が知る限りでは、日本における西洋菓子の黎明期を描いたものはこれが初めてだったので、発想そのものは斬新さを感じたが、発想の斬新さが先行し、良い意味でも悪い意味でも話の内容は普遍的になってしまっているのは残念なところ。しかし、これは逆に言えば肩肘張らずに読める作品であるとも言える。 また、今後この作品をシリーズものにしても、そのまま終わりにしてもどっちに転がっても大丈夫な感じにしてあるのは、いろんな意味で『うまいなぁ…。』とは思った。
深夜の独立系UHFで放送されているアニメーションのようなストーリー展開が好きなら。

2009年2月 4日

タッチアップ / 田澤拓也

★★★★☆
高校野球への潜在的な願望

ノンフィクション作家である著者が描く、初のフィクション。

現実の野球部で、これはと言うプレーヤーどうしが示し合わせて同じ高校に行くというシチュエーションは、自分の知る限り見たことが無いので、若干リアリティに欠けるにせよ、『平凡な公立校』が高校野球で善戦するというストーリーを描くにあたり、辻褄を合せるためには、やむを得ない部分なのだろう。
「ドカベン」や「MAJOR」同様、神奈川県を舞台にした作品ではあるが、部活動にあまりリソースを注ぎ込むことが出来ない公立校が甲子園を目指すストーリーは、実際の第89回大会で優勝した、佐賀県立佐賀北高等学校を彷彿とさせる。

サッカーの話で恐縮だが、ワールドカップで優勝したナショナルチームと、トヨタカップで優勝したクラブチームを比べたら、明らかにクラブチームの方が強いと言われている。
ナショナルチームでは、多少パフォーマンスが劣っても、同じ国籍の人間からプレーヤーを選ばなければいけないが、クラブチームでは、自分のチームに必要な人材を世界中から集め、適材適所の配置ができるからだ。
高校野球においても同じような図式が、地元の生徒しか来ない公立校と、日本全国に散らばる金の卵をかき集めた私立の強豪校という形で成り立っており、しかも、同じ土俵で戦っている現実。それを踏まえれば、日本人の判官贔屓気質がもろに出ている作品と言えよう。

2007年12月26日

ホルモー六景 / 万城目学

★★★★☆
「使い手」の数だけ物語がある

著者の前々作『鴨川ホルモー』のスピンオフ作品集。

前作でちょくちょく触れられてはいたものの、話の本筋と離れていたので触れられることが無かった、「凡ちゃん」のアルバイト先であるイタリアン・レストランでの出来事や、今は無き「同志社大学黄竜陣」の面影に触れ、少しだけ「ホルモー」に近付いた芦屋の元彼女と、屈強な身体つきに似合わず元彼女と現彼女である早良京子との間で優柔不断に揺れる自分勝手な芦屋。丸の内で合コンという形で邂逅したかつての「オニ」の使い手の話。男に縁の無かった京都産業大学玄武組の女子学生二人のホルモーでの決闘。教習所に通い始めた高村と、バイト先の料理旅館にある長持を介して400年の時を越えて「手紙」を交わす立命館大学白虎隊新会長の女子学生細川(通称:おたま)についてといった、時間軸としては居酒屋「べろべろばあ」の主人の若き日の出来事の話を除けばストーリーは『鴨川ホルモー』本編とほぼ同じ時間軸で流れる、『一方その頃…』的な話であるので、強く前作を読まれることをお勧めする。先に『鴨川ホルモー』を読んでいなければ何の話か分からなくなってしまうかと思われますので。

2007年8月24日

鹿男あをによし / 万城目学




★★★★★
剣道・デジカメ・しゃべる鹿

女子高の臨時教員として初めてやって来た奈良でいきなりしゃべる鹿に「運び番」を押し付けられ、厭々ながらも役目を果たすことになった主人公。

しゃべる鹿だけではなく、校章の鹿・狐・鼠、姉妹校との三校対抗戦、鏡に映る自分の姿など、ぶっ飛んだ設定と言ってしまえばそれまでだが、それにもかかわらず、平城京・平安京・難波宮(なみわのみや)そしてそれ以前の古の史実が絡んでいたり、近鉄電車を含んだ奈良県内と京都市内の街のディテールがしっかり書き込まれているおかげで、何故か「ああ、こんなことがあっても可笑しくないな」といったある一定のアクチュアリティを感じながら読むことが出来た。

主人公の視点だと一部しか見えず、ストーリーと全く関係無いと思っていた様々な事が繋がっていくさまは、まるで理数系な感じの推理小説を思わせ、ストーリー作りの巧さを感じた。そして、もし映像化するとしたら実写ではなくアニメーション映画が妥当だろうなと思いながら、自分の脳内でその画を描き続けていた。また、「堀田イト」という名前の女子高生や、1,800年間この世界を見続け、高いプライドを持つ鹿の好物がポッキーであるという人物(?)設定もなかなか巧い。

ちなみに、ネタバレになってしまうので詳しい事は書かないが、本書を読む時に難波宮の所在地が分かったのは1961年であることを頭に入れておこう。

2007年8月19日

ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2 / 田中啓文

★★★★★
守破離の世界

前作の、師匠の梅寿を筆頭に理不尽でむちゃむちゃな登場人物の中で、内弟子で元不良の竜二が殺人事件や誘拐騒ぎといった謎解き中心のストーリーを展開する内容から一転、竜二自身が落語という、長年の間に築き上げられ、かなりの昔に完成に近付いたものに対し、『面白い』と感じる一方で、伝統に執着して何もする事が出来ない現状に閉塞感を感じてもがき続けている姿が中心に描かれている。まさに、『守破離』をそのまま体現している感じである。
それにより上方落語のことは良く分からないが、前作以上に物語に対するアクチュアリティがあると感じたので前作は★★★★☆を付けましたが、今作は★★★★★です。

2007年8月15日

ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺 / 田中啓文

★★★★☆
上方落語入門の書としてどうぞ

あまりのワルぶりに、『矯正』の為に無理矢理、破天荒で、あたりかまわず鉄拳を入れまくる師匠のもとに入門する羽目になってしまった主人公竜二を中心に、一話完結で上方落語の演目にまつわるストーリーが展開されるという、いわゆる『タイガー &ドラゴン』方式ではあるが、そこに楽屋や高座でのトラブルから殺人・誘拐までを扱ったミステリーを折り込む事により、主人公の単なる成長物語としてだけではなく、物語に起伏を富ませている。
また、上方落語、ひいては落語そのものを知らなくても、読み終える頃には頭に噺が入るかと思うので、『時うどん』≒『時そば』、『たいらばやし』≒『ひらばやし』といった、上方落語と江戸落語との対比をしてみても面白いかも知れない。

主人公・竜二は稀代のワルだったという設定だが、入門直後からは古典落語の面白さに少しずつのめりこんでいき、挙句の果てには、自分が解いた事件の真相を語る際、敢えて師匠である笑酔亭梅寿に花を持たせる姿は一見、『名探偵コナン』における、眠らせた毛利小五郎を利用して犯人を追い込む江戸川コナンを連想させるが、本当のところは竜二自身が僅かの間に丸くなり、つつましさを身に付けた結果である。出来れば、入門直後に彼が急に『ある程度の大人』になったプロセスをもう少し描いて欲しかったと個人的には思っています。

2007年8月 9日

ビア・ボーイ / 吉村喜彦

★★★★☆
居場所は自分で作るもの

洋酒メーカー宣伝部で数々の広告を作ってきた男が『左遷』させられ、セールスが良くない広島支社の営業として奮闘する話。あらすじは他のレビュアーさんに任せるとして、自分がこの作品を読んで感じたのは、どんな環境であっても、畑違いなことであっても、自分にしか出来ないことや、テーマは必ずある筈だということだ。
それがたとえ不本意なものであったとしてもその場所で腐るのか、勉強の一つと捕らえて取り組むのとでは雲泥の差がある。見切るかどうかは真剣に取り組んだ後からでも決して遅くは無い。でも、そこまでのモチベーションを作り出していくのって、結構大変なんだよなぁ…。
業種は違えど、また、左遷ではなかったが、新規事業という一から立ち上げなくてはいけない仕事をすることとなり、分からないなりにもあちこち駆け回り、遅くまでキーボードを叩いていた自分自身の姿と少し重なっているような気がしました。

でも、後半の宮島のシーンは良い意味でも悪い意味でも(これは本書を読めば真意が分かるかと)安っぽい20年前の日本映画(タイトルは敢えて伏せよう)を観ている様な感じがしたのは何故だろう?

2007年6月29日

シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン / 小路幸也

★★★★★
スラップスティック状態?

「東京バンドワゴン」という明治時代創業の珍奇な名前の古書店兼カフェを舞台にした物語の第二弾。 登場人物は前作よりも更に増えてはいるが、前作同様故人(曾祖母)語り部にすることによって、ストーリーを特定の登場人物の目線に偏ったものにしない、中立的な視点で物語を展開することができるだけではなく、それぞれの登場人物に均等に目を配ることが出来、読者に混乱をきたさない工夫がなされている。
前作は春夏秋冬各一話完結、今作は冬春夏秋各一話完結で合計八話。ネタバレになるので詳しい内容には敢えて触れないが、本作の終盤に幾つもの伏線を埋め込んでいるので、更なる続編があるという事を示唆しているのでしょうか? 次回作も同様のスタイルで描かれるとしたら、合計十二話でテレビドラマ1クール分のエピソードが溜まることになる。もしかしたら、狙っているのか? また、続編にありがちな『以前の設定の一部は無かった事にする』という真似をしていないので、裏設定(本文には登場しない、登場人物や大道具・小道具に関するディテール)をしっかり決めてから書き上げたか、最初から続編を書き上げるつもりでいたものと思われます。

2007年6月22日

東京バンドワゴン / 小路幸也

★★★★★
泣いて笑って喧嘩して、どっこい生きてる。

「東京バンドワゴン」という明治時代創業の珍奇な名前の古書店兼カフェを舞台にした四世代の九人家族とその取り巻きの日常を描いた作品。登場人物が多すぎるのは普通は読み手が混乱をきたしてしまうものなのだが、登場人物の個性が非常に強いのでその心配は無い。読み進めていくうちに、これは『寺内貫太郎一家』や『サザエさん』、或いは『時間ですよ』などといった、ホームドラマ(的な)作品へのオマージュではないか?と思っていたら、最後の謝辞に『あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。』とあったので、やはり、作者も頭の中で映像化されたものを文字に起こしていく様に書き上げたのだなと思った。1クール(3ヶ月)であれば映像化も出来るのでははないか?と個人的には思うのだがどうだろう。

2007年6月15日

風が強く吹いている / 三浦しをん

★★★★★
素人集団・箱根を攻める!!

高校の頃、陸上しか知らないまま陸上から去り、大学で陸上の素人集団を4年生の清瀬(通称ハイジ)とともに率いて箱根駅伝を目指す羽目になってしまった主人公、蔵原走(かける)。最初は素人たちの不甲斐なさに愕然としたり、いらいらしたりするものの、自分の中では当たり前であったことが必ずしも普通であるとは限らないところに気付いていくことによって、走の成長を垣間見ることが出来る。そして、走ることに限らず、何事でも何故、自分はこれをしようとするのか?という問いに明確な答えが無くては、モチベーションはとても維持できないと言うことにも。たとえその答えが『女にモテたい』とか、『金持ちになりたい』といった、世間的には『不純』な動機であったとしても、それは立派な動機なのだ。
また、この話は走(かける)だけが主人公ではなく、襷を繋ぐ10人それぞれの視点から物語が描かれており、それぞれがそれぞれの理由で走り、やがてそれが化学反応をするようにレース展開が進んでいくさまが良い。現実の箱根駅伝ではありえない設定であると言ってしまえばそれまでなのだが、それを超えたアクチュアリティ(現実感)を感じさせてくれるので、あまり気にはならない。

読んでいくうちに、1月2日の朝、大手町の読売新聞社前から日比谷通りにかけて、各大学の沢山の応援団やブラスバンドが色とりどりの応援を繰り広るという、いつもは決して見せないオフィス街の姿や、毎年年末の昼間に日本テレビ系列で放送される箱根駅伝記録会のドキュメントで喜怒哀楽の表情を浮かべる大学生たちの様子がつぎつぎ思い浮かびながら、一気に読む事が出来ました。

2007年6月 9日

県庁の星 / 桂望実

★★★★☆
自分だったら何が出来る?

人は表向きは平身低頭でも、面従腹背、無意識ながらも自分が行なってきたことが一番正しいと思い、たとえ間違いであったとしてもそれを突き通そうとする。何故なら何だかんだ言っても、問題が先送りになっても、それはそれで今まで何とかやって来れたからだ。それを変えるには、残念ながら本当に追い詰められないと動くことが出来ないし、人はそこまで強い生き物ではない。
一歩間違えれば、時が流れるのをそのままやり過ごしても構わない立場の人間である県庁からやってきた野村。熱意を持って仕事をしても空回りしてしまい、何かを諦めてしまっていたスーパーの裏店長的なパートタイマーの二宮。スーパーの他の面々も『シンプソンズ』や『サウスパーク』の登場人物のように腐っている人たち。この人たちもまた、消防と食品衛生の査察そしてリストラの恐怖に追い詰められるような形で野村や二宮に協力していくという流れに、自分の置かれている状況に関係なく、自分の動きや考え次第で何とでもなるのだということを改めて感じさせられた一冊だった。

ただ、小節によって野村と二宮の目線が変わるのは一向に構わないのだが、同じ登場人物を苗字で呼ぶのか名前で呼ぶのかでの統一が取られていないので、少し混乱してしまったので星0.5減点なのだが、四捨五入で1つ減点。

2007年6月 5日

夕子ちゃんの近道 / 長嶋有

★★★★★
人生の止まり木的存在

これは主人公がアンティークショップ『フラココ屋』で過ごした数ヶ月を描いたお話。
話の中では主人公の過去やプロフィールの詳細には大きく触れていないが、何かに挫折をしたり、疲れてしまって『フラココ屋』に辿り着いたことが窺い知れる部分がいくつかあり、周りの素敵な人たち(悪人は一切出てこない)との近すぎず遠すぎずのふれ合いで、彼らが少しずつ変わっていく姿を描いている。
基本的には物語は静かに進行していくが、ちょっと気を抜くと見逃してしまいそうな日常の中の出来事、そしてそれにどんな感情を抱き、どんな話をし、どう動いたか?を、一歩間違えれば冗長になりそうな話を巧く描いているので、退屈する事無く読み切ることが出来た。

最終章の『パリでの全員』は、有っても無くてもこの話は成立すると言えばするし、中には「蛇足だ。」などと言う人もいるかも知れないが、昔ロンドンとパリを幾度と無く往復していたせいか、東駅から北駅へ、重い荷物を持って長い階段を登った事や、櫛型の大きな駅舎、小豆色のタリス、左隣のユーロスターが発着する風景を思い出し、これはこれで良かったと思っています。

2007年6月 3日

鴨川ホルモー / 万城目学

★★★★☆
八百万(やおよろず)の神の暇潰し?

『ホルモー』なる競技で京都大学・京都産業大学・龍谷大学・立命館大学がリーグ戦を展開するお話(途中で主人公から端を発してトーナメント戦になってしまうが)。
吉田戦車の漫画『伝染るんです』で、「カブトムシさいとう」が大学入学後に入部する『タオル部』なる部でタオル(という名のスポーツ)に取り組む姿にも通じる、傍から見たら下らない事を何だかんだ言って真面目に取り組んでいる姿は何とも可笑しい。
しかし、話が進むにしたがって、一応主人公たちの"経験値"に連動し、『ホルモー』の詳細が分かってくる仕組みにはなって来るが、何故「宵山協定」が存在するのかの説明が無い等、時間軸に沿って表面をなぞっただけで、肝心の背景の描き方が少し浅く思えた。
ただ、アイディアそのものは良いと思うので、作者の中で世界観を確立させることが出来れば、例えば、京都大学で発動された十七条に翻弄される立命館大学の学生を描くスピンオフ等は描きやすい作品ではあると思う。
また、文章ではなく、映像を前面に推したアニメーション(自分の中でのイメージはスタジオジブリのタッチ)、或いは実写にすれば面白いものが出来るかも知れない。

京都の地理に明るくない人は、「Google Maps」を開いたPCを用意して読むことをおすすめする。

2007年5月29日

夜は短し歩けよ乙女 / 森見登美彦

★★★★★
こんな女の人、キライじゃない♪

夜の先斗町界隈、古本市、学園祭と、『僕』のもう少しで好きな彼女に邂逅出来そうで出来ないと言うシチュエーションと、『彼女』の天真爛漫なキャラクターと行動が、程度の差はあれ、個性が強く珍奇な脇役たちのパーソナリティが絡み合うことでバタフライ・エフェクトの如く巻き起こす騒動を非常に巧みに描いている。おそらく作者はしっかりプロットを練り、表に出る事の無い裏設定をちゃんと作っているのだろう。そのおかげで一歩間違えれば矛盾に満ちてしまう可能性を一切排除してあるところはさすがである。

2007年5月17日

蝶のゆくえ / 橋本治

★★★★★
喉元でグッと飲み込む感情
『ふらんだーすの犬』では、普通の社会生活を送りたいと思いながらも小さな失敗から端を発し、小さな『負』の積み重ねの連続によって雪ダルマ式に大きくなった挙句に自分の子供を瀕死の状態にまで虐待および育児放棄してしまう母親を巧みに描いており、形は違えど一歩間違えれば自分も堕ちるところまで堕ちてしまうんじゃないか?という『漫画「ナニワ金融道」に登場する債権者』のような感覚、それと同時に、センセーショナルに報じられる動機不明の犯罪はこの様に出来上がっていくのだろうか?と思わせる。もっと言えばホラーではない恐怖感を感じる。

2007年4月24日

パーク・ライフ / 吉田修一

★★★★☆
日常生活の中の非日常

「パーク・ライフ」に関し、ストーリーそのものは大きな起伏がある訳ではないのだが、日常生活の中に散りばめられた小さな非日常、自分のアパートがありながら半別居状態でマンションを空けている先輩夫婦の家で寝泊りする主人公、偶然主人公が話し掛け、スターバックスのカフェモカを公園で飲む間柄になった年上の女性、特に大きな理由も無く、CCDカムをミニチュアの気球に取り付けて空に飛ばす老人の姿などが作品の随所に散りばめられており、その舞台として日比谷公園を中心とした銀座・日比谷・有楽町界隈があてがわれている。そういう意味では読み手によっては退屈な作品なのかも知れない。『あるあるネタ』が好きな人なら。
後半に収録されている「flowers」は若妻のアングラ劇団への入団を機に、九州から上京して飲料水のルートセールスの職に就いた男が、巨根で頭の悪い先輩と上司が別の同僚の奥さんの間男だったり、上司が自分に奥さんを寝取られた部下をなじったりするなど、職場内の人間関係に巻き込まれる姿を描いている。
以上の2作品や『最後の息子』にも共通する、『日常の中の非日常』が巧く描かれているが、劇的なストーリー展開がある訳ではないので、その辺に関しては期待はしないほうが良い。もっとも、その部分は個人の好みによるのだが。

2007年4月10日

最後の息子 / 吉田修一

★★★★☆
自分と重なる

作者の出身地である長崎が登場する中篇3作品を収録したもの。基本的には3作品とも長崎或いは東京で、若干のイレギュラーが混ざった日常生活を描いたものなのだが、『最後の息子』は、首都圏に長いこと住んでいてもそうそう「動いているオカマさん」に遭遇することも無いので、「オカマのヒモ」がどんな感じなのかは良く分からず、それなりに面白く読み進める事は出来はしたが、残念ながらあまり自分の中では残っていない。
『破片』については、倉庫を改造し、ガラスを埋め込んだ通路が全国ネットで紹介されるように、基本的には何かに熱中するのは良い事なのだが、相手に若干迷惑がられながらも「自分がいなければあの人はダメなんだ。」と思い込んで自分より年上のスナックの女性に入れあげるさまは、誰かのことを好きになるということの危うさについて色々考えさせられた。
『Water』に関しては、主人公の、水泳部の仲間との友情・切磋琢磨・麻雀等を通じ、薄いながらも思いもがけずエロい感情を抱いてしまった時に、何かが壊れてしまうような気がして「自制している自分」を演じている『童貞紳士』ぶりが、同じ世代だった頃の自分自身と重なってくる感覚が良い。それに、作者自らが監督をしながら映画化されていたことには気付きませんでした。映画に関するレビューはDVDが出てから書きたいと思います。

2007年2月22日

しゃべれども しゃべれども / 佐藤多佳子

 ★★★★★
無い自信を付けるには?

基本的には二つ目の落語家・今昔亭三つ葉を主人公にした人間模様なのだが、あるきっかけで『話し方』を会得する為に主人公から『まんじゅうこわい』を習う事になった一癖も二癖もある登場人物たちを描いている。

  • 緊張するとイップスになってしまい、吃音が出てしまうテニスコーチの従弟
  • 性格の取っ付きは悪く、いまいち素直になれない女
  • 勝ち気で自分たちの世界で戦う(決して『いじめ』とは認めない)関西弁を操る子供
  • 現役時代はヒール役で代打の切り札だったが、舌足らずで解説もろくに出来ない元プロ野球選手

彼等4人に共通しているのは『自分が本当に手に入れたいものが手に入っていない』ということだ。それに教わっている彼らだけではなく、三つ葉自身も高座の時は無意識でも語る事が出来るのに、柄にも無く自分が好きな人に思いを打ち明けることが出来なくて悩んでいる姿が切ないながらも何だか可愛らしい。

他人には何でも無い事でも、本人にとっては大問題で、そんな事を互いに思っているさまが滑稽に見えるが、自信をつけるとはどういうことか?自信をつけるにはどうすればいいか?と言う事を考えさせられる。

ちなみに原作では三つ葉が挑む師匠の十八番は『茶の湯』なのに、映画の公式サイトでは『火焔太鼓』になっているのが気になるけれど…。

2007年2月12日

強運の持ち主 / 瀬尾まいこ

★★★★★
易者という名のコンサルタント

占い師に次々に自分の事を言い当てられて驚く人がいるが、実はその前に占われる側が占い師にかなりの情報を引き出されているか、よくよく考えると誰にでも当てはまりそうな事を言っていたりしている事が多い。

本文の中でも、主人公のルイーズ吉田(本名:幸子)が『20分\3,000の占いに金を出すのではなく、姓名判断や四柱推命の本を買って読んだ方がよっぽど良いのに…』という旨のくだりがあるが、たとえ占いの結果が同じだったとしても何万人、下手したら百万人以上の人々に向けて書かれた本よりも、自分ひとりだけに語って貰う事の方が格段に信憑性が高く感じる(あくまで『感じる』)のだろうし、易者は全くの第三者なので客観的にモノを見る事が出来るので頼る人がいるのだという事に気付かされる。

占いというのは自分自身の願望を叶えるためと言うより、自分の中にある不安を取り除くためにあるのだと思う。だから私は今日も『めざましテレビ』の6時59分の占いを観てしまうのだろう。

(12/February/2007) 

バスジャック / 三崎亜記

★★★★★
論理的な不条理

『町内会で指示された二階扉の取り付け』『バスジャックブーム』『禅問答のような恋人との会話』などといった、ふざけた、或いはぶっ飛んだ設定が大真面目に、且つ淡々と進行していく、『となり町戦争』『失われた町』でも見せてくれた面白さを本作でも堪能することが出来る三崎亜記の短編集。

ありえない設定だと分かっていながらアクチュアリティを感じるのは作者の技量だろう。手軽に『それはそれ』と割り切って楽しむ事が出来る人なら◎。『送りの夏』は、子供の頃の夏の日の情景が自分の脳内にうまく広げさせてくれる非常に秀逸な作品。

(12/February/2007) 

2006年12月11日

シールド(盾) / 村上龍

★★★★★
子供にも読んで欲しい一冊

 個人的な事だが、小学生の頃『良い本を読みましょう』というスローガンがあったのだが『良い本』の基準が分からず、読書感想文用の本選びに困った事があった。

 『頭が良いか悪いかというのは一つの基準に過ぎず、それを決める事に意味は無い』『からだの中心にある大切なものを守る「盾」が必要』などと言う『名なしの老人』の話は本質を突いており、『良い本』とは先生や大人が考えた勝手な基準にしか過ぎないと自分自身、ハッとさせられる。心の中が支配されると、アイデンティティが失われ、自分が自分でなくなってしまうという警告を発しているのだろう。そのために「盾」は存在しているのだと。

 また、違う形で栄光と挫折を味わう主人公のコジマとキジマの半生が、自分自身の一部を投影している部分があり、二人が共通して直面した「盾」が崩壊した時、どうやって新しい「盾」を作ってきたか?のくだりは、自分自身がどう生きるか?という人生のテーマにヒントを与えてくれる。

 出来る事なら子供の頃にこの本に出逢いたかった。大人だけではなく、小学校高学年あたりから読んでもらいたい。学校の『推薦図書』にはならないだろうけど。

(11/December/2006)

2006年12月 4日

どーなつ / 北野勇作

★★★★☆
不思議且つちょっと怖かったり…

装丁のかわいらしいイラストに惹かれ『ジャケ買い』してしまったが、『電気熊』を通した他人の記憶との同化であったり、『アメフラシ』を使って火星に人が住める様な仕込みをしたり、見えない敵と戦っているのかいないのか分からなくなったりするなど、今迄の概念が全く通用しないサイケデリックな世界観の中であらゆる伏線が入り混じり物語が進行していく。かと言ってよくある不条理モノに落ち着かないのがこの作品の良いところ。

 自分の理解力が足りないのか、それとも話そのものが難しいのかは分からないが、最低でも2回は読んだ方が良いかと思われます。

 『○子の部屋』の黒○徹子のウィッグの中には宇宙人が棲みついていると信じて疑わない人は買い。

(04/December/2006)

2006年11月 9日

君たちに明日はない / 垣根涼介

★★★★☆
非情になりきれず…

『リストラ請負人』である主人公を軸に、『切られていく人達』の悲喜交々が一話完結の連ドラの如く進行していく。主人公はリストラ請負人でありながら 100%非情になりきれず、能力がありながら一度リストラの対象となった後、会社の姿勢に疑問を抱きながらこの先のことを考える女性と情を交わすようになったり、オタク開発者に翻弄されたり、リストラする側とされる側で再会した嘗ての同級生に悩んだりと幅の広いエピソードが盛られているところから、登場人物の設定は練りに練られている。また、結果がどうであれ、リストラの対象になった人たちは前へ進もうとする姿がすがすがしい。
(09/November/2006)

2006年10月 6日

17歳のヒットパレード(B面) / 伊藤たかみ

★★★★☆
無意識・無防備・無鉄砲

 舞台は日本のような、日本じゃないような風景。例えるなら田舎者(失礼!!)が思い描く湘南の様な(あくまで『様な』)風景の中でロードムービーの如く繰り広げられる、意図せざるところで知らず知らず破滅への道をたどる若い二人。十代の時に陥る、まるでこれからの人生が見えてしまったかのような錯覚。いい大人となってしまった今となっては無茶なことこの上ないのだが、十代、しかも前半にこの本に出逢っていたとしたら主人公の二人に一種の憧れを持ったかもしれない。

 長い話ではないので、小1時間電車に乗って読むなら買い。
(06/October/2006)

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